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2025.05.27

サイバネティック・アバターに関する新保プロジェクトとは?|総合政策学部長補佐/教授 新保 史生

2025年4月10日のSFCニュース「EXPO 2025 大阪・関西万博にSFCの最先端研究が参画!」において、大阪夢洲にて開催されているEXPO 2025 大阪・関西万博におけるSFCの教員が手がける先進的な研究の一つとして、「パビリオン展示ロボットに、新保プロジェクトで開発した『CAマーク』を貼付し、CA の適合性評価の仕組みを公表」という記事が公表された。そもそも、「CA」とは何か、「CAマーク」とは何かというご質問をいただいたので解説をさせていただきたい。

ムーンショット型研究開発事業におけるサイバネティック・アバター(CA)の研究

「CA」とは、「サイバネティック・アバター(登録商標第6523764号)」の略称です。「アバター」という用語は、ジェームズ・キャメロン監督が2009年に映画「アバター」を公開して以来、広く用いられるようになった用語です。もともとは、サンスクリット語のアヴァターラ(神の化身)が語源です。アバターについては、オンラインゲームなどで自分のアバターを用いていることもあるため馴染みがあると思います。

一方、「サイバネティック・アバター」という用語は、あまり馴染みがない用語かもしれません。これは「複数のアバターを使って人の能力を拡張するシステムの総称」であり、「自分の分身としてのロボットや3D映像等のアバターにより、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張する情報技術やロボット技術を含む概念」です。

この研究は、内閣府が推進するムーンショット型研究開発事業「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」プログラムの一環として実施されている。プログラム内の「アバターを安全かつ信頼して利用できる社会の実現」プロジェクトを、新保がプロジェクトマネージャーとして総括しているものです。

本研究プロジェクトでは、CAを社会で安心して利用できる環境を整えるために検討しなければならない課題について、「E3LSI(倫理的・経済的・環境的・法的・社会的課題Ethical, Economic, Environmental, Legal, and Social Issues):イーキューブエルシーと読む:(登録商標第6803372号)」と称する多面的な研究アプローチを採用しています。万博でお披露目したのは、この研究プロジェクトの11の研究開発課題の一つである「E3LSI研究基盤の構築・CA適合性評価制度の構築及び運用」に関する研究成果です。

CAマークとCA適合性評価制度

SFCの広報の記事で紹介していただいた「CAマーク」とは、CA認証制度に基づいて認証されたCAに対して付与される認証マークのことです。CA認証「制度」自体は目に見えないものですが、それを「マーク」として可視化したものがCAマークなのです。

「CA適合性評価制度」とは、CAの安全性と信頼性を客観的に評価するための基準(セキュリティ要件、プライバシー保護、操作性など多面的な評価指標)を策定し、その基準に基づいてCAを評価・認証する仕組みのことです。この制度によって、操作者のなりすまし、CAの乗っ取り、技術情報の不正取得などを防止し、安全で信頼性の高いCA社会の実現を目指しています。

このCAマークを、大阪・関西万博の石黒浩シグネチャーパビリオン「いのちの未来館」の展示ロボットに貼付することで、このCA適合性評価制度を広く公表しました。
CAマーク.jpeg

CAマークは、単なる画像としての認証マークではなく、最先端の技術開発の成果が結実したものです。このマークには、パスポートや通貨に匹敵する高度な偽造防止技術を組み込んでいます。特に電子透かし技術を中核とし、物理的および電子的な両方の側面から偽造を防止する多層的なセキュリティ構造を持っています。この技術により、マークの真正性を高精度で検証できるだけでなく、不正な複製や模倣の試みを効果的に阻止することが可能です。

マークに組み込まれているセキュリティ要素には、①高度な電子透かし(肉眼では確認できない埋め込み情報を含み、スマートフォンのアプリで読み取り真贋判定と登録情報の確認が可能)、②マイクロテキスト(極小サイズの文字情報を埋め込み、一般的な複写機では再現不可能な精度を実現)、③特殊インク技術(特定の光学条件下でのみ可視化される隠れパターン)、④ホログラフィック要素(偽造が困難な立体的な視覚効果)などが含まれます。

CAマークの特筆すべき特徴は、物理的な偽造防止要素とデジタル認証システムの融合にあります。マークに埋め込まれた電子透かしは、スマートフォンのアプリで読み取ることで認証されたCAの登録・管理情報を確認することができるようになっています。リアルタイムでの真贋判定を可能にしたことで、CAマークは単なる認証マークとしての固定表示ではなく、CAの安全性と信頼性を保証する動的なセキュリティシステムとして機能します。

万博では、パビリオンにおける展示ロボットにCAマークを貼付することで、このCA適合性評価の仕組みを広く公表する試みが行われています。CAマークがどのように機能するのか、紹介動画をYoutubeで公表しているので是非ともご覧ください。

CA認証マークの紹介動画

こうした高度なセキュリティ技術を駆使したCAマークの存在は、CA社会の信頼基盤を形成する上で不可欠な要素になると考えられます。利用者はこのマークを確認することで、当該CAが安全基準と認証基準に適合した信頼できるCAであることを容易に判別できるようになります。これにより、CAの普及と社会実装が加速し、ムーンショット研究開発事業の目標である「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会」の実現に大きく貢献することが期待されます。

CAのE3LSI課題

新保プロジェクトでは、CAに関連する幅広い課題(E3LSI課題)の研究基盤を構築し、CAの社会実装に向けた適合性評価制度の提案や構築を進めています。万博での成果発表は、こうした研究の一部を社会に広く公開する貴重な機会となっています。

2050年にはCAが当たり前のように活用される社会が到来すると予想されますが(そうあってもらいたい)、その時代を見据え、今から必要な制度設計や技術開発を進めていくことが本研究の大きな使命なのです。「CAマーク」はその一つの成果であり、未来社会における安全・安心・信頼の確保に寄与するものです。

E3LSI課題といっても実感が湧かないかもしれないので、過去のおかしら日記を再度読み直してもらうと改めて問題を理解することができると思います。

コロナ禍のオンライン中心の授業環境から、対面授業に戻りつつあった2022年度の春学期に、アバターで講義に出席することは「対面授業」への出席とみなされるのかという点について、「アバターによる講義は対面授業か?|総合政策学部長補佐/教授 新保 史生(2022.06.14 おかしら日記)」で問題を提起しました。大学設置基準32条5項に基づき、大学学部(学士課程)における卒業要件124単位数に含めることができる「遠隔(オンライン)授業」の単位数の上限は、60単位を超えないものと定められているため、遠隔操作によるアバターによる出席が「遠隔」扱いになると、アバターで講義に参加し続けると卒業に必要な単位が厳しくなる現状があります。

このように、CAが日常生活に浸透していくにつれて、さまざまな制度的課題が浮上してきます。アバターによる講義の出席と単位認定の問題はそのような問題の一つにすぎないが、このような具体的事例を通じて、CAの普及に伴うE3LSI課題を検討しているのです。

大阪・関西万博での研究成果の公表を通じて、SFCにおける最先端研究の紹介と研究成果が社会貢献に資する可能性を広く示していますが、今後もSFCの恵まれた研究環境を活かし、CA社会の実現に向けた革新的な研究を推進していく所存です。


新保 史生 総合政策学部長補佐/教授 教員プロフィール
*ポートレート写真(トップページ)撮影:写真家 宇壽山貴久子